知る。理解する。雇用を拡げていく。グループ全体で障がい者雇用推進に挑む、三菱商事の取り組み


福元 邦雄 様
POINT
課題
特例子会社の代表を経て、三菱商事グループ全体の障がい者雇用を推進するポジションに就いたが、進め方に悩んでいた。
取り組み
障がい者雇用の情報を発信するポータルサイトを立ち上げたほか、D&Iのサービス『相談窓口』と『エンカククラウド』を導入した。
成果
『エンカククラウド』は在宅勤務以外の社員にも活用されるなど効果を発揮しており、障がい者雇用促進に向けたインフラが整いつつある。
グループ会社を多く抱える大手企業の障がい者雇用は、本体の人事部や総務部のみで採用を行っていたり、特例子会社に依存していたりするケースも少なくありません。その一方で、障がい者の法定雇用率が上昇していく中で、各グループ会社でも障がい者雇用に取り組むことが必要になってきています。
今回は、三菱商事株式会社 人事部 ワークスタイル・DE&Iチームにて障がい者雇用を担当している福元さんにインタビューを実施。三菱商事の特例子会社の代表を経て、現在はグループ全体の障がい者雇用を推進している福元さんに、具体的な取り組み内容やそれを通じて感じたことを伺ってきました。
知る。理解する。雇用を拡げていく。グループ全体で障がい者雇用推進に挑む、三菱商事の取り組み
──まずは、福元さんが障がい者雇用に関わるようになった経緯を教えてください。
私は1986年に三菱商事に新卒入社し、情報産業部門でメディア・広告事業の新規開拓をするところからキャリアをスタートしました。その後、子会社の広告代理店に出向して広告事業の推進を担当したり、IT部門で携帯電話や動画配信を活用した広告事業を展開したりと、さまざまな経験を積んできました。
しかし、2001年にレジャー中の事故により左手の4指を欠損し、身体障害者手帳(3級)を取得。それ以降、自身が障がい当事者になったことから障がい者の支援にも関わるようになりました。
その後もさまざまな部署を経験し、2013年からはシンガポール支店で総務人事業務部長を務めていましたが、大きな転機となったのが2016年。私が障がい当事者であることを知っていた上司の推薦もあって、三菱商事の特例子会社である三菱商事太陽の社長に就任することになったんです。
──三菱商事太陽がどんな会社か教えていただけますでしょうか?
──三菱商事太陽の代表として働いてみて、どういったことを感じましたか?
三菱商事太陽では約5年半過ごしましたが、赴任して感じたのが「一人ひとりが普通なんだ」ということです。車椅子に乗っている身体障がいの方、知的障がいの方、精神障がいの方などさまざまなメンバーがいて、それぞれ得意なこと苦手なことが当然あります。しかし一緒に毎日働いていると、発話が苦手で最初は話を聞き取りにくかったメンバーでも、次第に話が分かるようになるという体験がありました。
私の場合、ほぼ四六時中、彼らと同じ空間で過ごしたことも良い経験になりました。三菱商事太陽への赴任が決まり、通勤を優先して会社がある亀川駅近くに住むことにしたのですが、そうすると近所のコンビニでも社員とよく会うんです。「太陽の家」を立ち上げた中村先生の残り香がある環境で、プライベートの時間も含めて障がいのある方々とどっぷり多くの時間を過ごしたことで、一人ひとりのいろいろな境遇に馴染んでいくことに特に抵抗はなかったように思います。
また、自身の理解を深めるためにも、さまざまな資格取得にも取り組みました。赴任前からメンタルヘルス・マネジメントII種、中小企業診断士の資格は取得していましたが、障害者職業生活相談員、ジョブコーチの資格に加え、精神科病棟・福祉作業所での200時間の実習を経て精神保健福祉士資格も取得しています。
──そこから現職への経緯も教えてください。
三菱商事太陽の代表を務めた後は、約1年間グループ会社の常務取締役を務めました。障がい者雇用からは一時的に離れましたが、2021年には、D&Iが厚生労働省から受託して開催された「障害者雇用テレワーク促進フォーラム」でのスピーカーも務めたりしていました。コロナ禍もあって在宅勤務も普通になっている中で、注目度は高かったように思います。そして2022年6月、三菱商事本社の人事部に戻り、グループ全体での障がい者雇用を推進していく役割を担うことになりました。
──ここからは、福元さんが三菱商事本社の人事部に異動してからのお話を伺っていきます。異動後はどういったことに取り組まれたのでしょうか?
グループ会社の障がい者雇用促進をミッションとして、情報提供やサポート体制整備など、さまざまな取り組みを行いました。その一つが、障がい者雇用の情報を発信するポータルサイトの立ち上げです。
グループ会社で障がい者雇用が進まない要因として、障がいのある方への理解や雇用上の注意、障がいのある方の面接時にどのような見極め方をすればよいかの情報が不足しているという課題がありました。こうした状況に対し、D&Iの協力も得ながらセミナーなどを実施していましたが、一度やって終わりではなく、動画コンテンツにして好きなタイミングでどこでも見られるようにすべきじゃないかと考えたんです。
そこで立ち上げたのが、「障がい者雇用促進チャンネル(通称:SHOKOチャンネル)」です。このポータルサイトには、過去のセミナー情報のほか、外部の有益なコンテンツもアップしています。例えばD&I提供の「面接の極意」は、障がい者の面接をする方全員に見てほしいくらい役に立つコンテンツです。
障がいのある方と面接をすることになったとき、一緒に働くことになったときなど、このサイトを訪れれば分からないことも困ったことも解決できる。まずは障がい者雇用に関する情報を得られる場所をつくることで、不安を解消し、障がい者雇用が前に進んでいくきっかけをつくりたいと考えました。

──『障がい者就労サポートデスク(通称:ショウサポ)』という窓口もつくられたとか。
グループ会社の障がい者雇用について見ていく中で気づいたのが、身体障がいのある方の採用に前向きな一方で、精神障がいのある方については、適切な配慮やサポート方法が分からず採用に慎重になっているという点でした。
ちょうどその頃、パナソニックグループさんがD&Iの協力を得て『ワクサポ相談窓口』という窓口を立ち上げたことを知りました。興味を持って詳しい話を聞いたところ、「障がい者雇用のプロに相談ができる」「初期費用は本社が負担し、グループ会社は窓口を利用したときに費用を払う」といった仕組みがとても良いなと感じたんです。そこでD&Iに相談し、三菱商事でも同様の相談窓口を設置したいとお願いをしました。
『ショウサポ』が立ち上がったのは2023年3月。導入から約2年が経ちましたが、実際のところ相談件数はあまり多くありません。現時点では、「いざというときにあったら安心」という保険的な役割が大きいと感じています。一方で「どんな相談をしたらいいか分からない」という可能性もありますので、例えば各グループ会社の人事にお試しで利用してもらうなど、まずは活用してもらうということもやっていきたいと考えています。
『エンカククラウド』を活用しながら、完全在宅勤務の障がい者雇用の可能性を拡げた
──ポータルサイトでの情報発信、相談窓口の設置に続き、『エンカククラウド』を導入されましたが、導入の経緯を教えてください。
障がいのある方がフルリモートで勤務するのは初めてだったので、双方が安心して働ける体制づくりが必要だと考えたんですね。そこで出会ったのが、D&Iの『エンカククラウド』。このサービスを使えば、離れていてもスムーズに仕事ができるのではと導入を決めました。
──フルリモートで入社した方の活躍ぶりはいかがでしたか?
正直なところ期待していた以上でした。彼が入社する前までは、サイトの情報更新や数値管理など事務的な業務を任せようと想定していたんですね。しかし入社して一緒に働いていくうちに、彼が友人の結婚式で流すムービーの編集をしていて動画制作ができることが分かったんです。これはラッキーだと、彼にも相談したうえで、「SHOKOチャンネル」に独自で企画・編集した動画コンテンツをアップしていくことにしました。コンテンツの内容はD&Iと企画会議を行い、障がい者雇用でよく寄せられる相談内容に対談形式で答えていくものにしました。動画撮影以降の業務はすべて彼の担当で、思わず見たくなるサムネイルを作ったり、字幕を入れる際にも、倍速で視聴してもしっかり文字を読めるように秒数を調整するなど、業務を通じてレベルアップしていったのが印象に残っています。
こうした活躍ぶりもあって、入社当初は週25時間勤務でしたが、その後に週30時間勤務、最終的にフルタイム勤務となりました。完全在宅勤務でもしっかり働けると分かったのは嬉しかったですし、大きな収穫だと思います。
──1人目の活躍ぶりが、2人目以降の採用にもつながっていったんですね。
仰る通りです。完全在宅勤務2人目は、以前在籍していた三菱商事太陽で働いていたメンバーです。彼は動画編集未経験でしたが、1人目のメンバーがうまく教えてくれたこともあって、数ヶ月後にはしっかり一人前になって活躍してくれています。
ちなみに、在宅勤務ではなく出社勤務で障がいのある方9名を、本社で一度に受け入れたのですが、彼らも『エンカククラウド』を利用しています。この部署では、メンバー9名を私含めて3人の監督者で管理することになったため、誰がどういった業務を依頼していて、業務の進捗はどうか、やり方が分からず手が止まっていないかを把握できるツールを求めていました。こういったニーズに対し、『エンカククラウド』のタスク管理機能がピッタリだったので出社勤務のメンバーもこのサービスを使うことになりました。
──『エンカククラウド』を活用してみての良さはどんなところにあるのでしょうか?
私が特に価値を感じているのは二つの機能で、一つがタスク管理機能、もう一つが画面キャプチャ機能です。タスク管理機能は先ほどお話しした通りですが、例えば複数のメンバーから業務を依頼されるケースでも、どれだけの業務量を依頼されていて、どれだけ進んでいるかをすぐ把握できるんですね。管理監督者も付きっきりで見るのは難しいと思いますので、この機能は非常に役に立つと思います。
画面キャプチャ機能に関しても、どこか監視されているようで嫌がられるかもと考えていましたが、本人たちに聞くと「ちゃんと仕事をしている記録も残るし、むしろ好都合です」といった声が返ってきました。会社によっては手元をカメラで移し続けないといけないケースもあるようですが、システムで勝手にキャプチャを記録してもらうほうが実際に働く側としては気にならないようです。
在宅勤務以外のメンバー9名も使っているように、『エンカククラウド』はとても便利です。『エンカククラウド』は、心の車椅子のようなもの。これがあることで安心して働ける場面が増えますから、今後も継続的に活用し続けたいと考えています。
仕事を通じて貢献実感を得る。自己肯定感が上がれば、プライベートでも前向きな気持ちに
完全在宅勤務のメンバー2名を受け入れ、動画編集などの業務を通じて成長していくのを目の当たりにして、ある日ふとひらめきました。それが完全在宅勤務で障がいのある方を採用し、未経験から動画編集などのスキルを身につけてもらえば、障がい者雇用がなかなか進んでいないグループ会社でも採用人数を増やせるのではないかということです。
動画編集スキルを身につければ、例えば会議を録画したものをテーマごとに分割し、ショート動画にしてアーカイブしておく業務などを任せることができます。さらに完全在宅勤務で『エンカククラウド』を使用してもらえれば、必要に応じたフォローで十分になります。
また、最初からフルタイムで働くのが難しい方のためにも、1日3時間×週4日=週12時間という勤務体系も作りました。短時間勤務でも2名採用すれば1カウントになりますので、受け入れ側も負担を抑えつつ障がい者雇用を進められます。
この採用プロジェクトはD&Iの協力を得てスタートしましたが、応募だけで100名を超えるなど、かなり反響の高さを感じています。まずは本社での採用となりますが、今後の採用状況を踏まえながら、ゆくゆくはグループ会社でも障がいのある方が完全在宅勤務で働くケースが増えていけば嬉しいですね。
──福元さんの障がい者雇用への想いもお聞かせください。
「太陽の家」を創設した中村先生も「保護より機会を!」という言葉を残しているように、たとえ障がいがあるからといってお情けで仕事をもらうのではなく、依頼された以上は納期を守る、期待されたクオリティの成果物を提供するということが大切だと思いますし、守るべきラインだとも思っています。
例えば「フルタイム勤務が難しければ短時間勤務をする」「通勤が難しいのであれば在宅勤務をする」など、受け入れる側が配慮をするのは大切です。ただ、配慮することが当たり前になりすぎて、働く当事者が努力をしなくなってしまったら本末転倒です。一人の職業人として自立しようと努力する方に対しては惜しまず協力をする。法定雇用率を達成するがための雇用になってしまうと、雇う側も雇われる側も幸せにはなりません。多少厳しいかもしれませんが、障がいのある方は一人の職業人として努力し、周囲がそこに協力をしていく、といった健全な関係性は大事にしていきたいと考えています。
──三菱商事グループ全体での障がい者雇用についてはどうお考えでしょうか?
まずは法令順守を大前提に、グループ各社とのコミュニケーションを増やしながら、少しでも状況を改善していけたらと考えています。
各社が自分事として、障がいのある方一人ひとりのできることに注目し、どうすれば事業に貢献してもらえるかを考えていく。「義務から戦力へ」というD&Iのメッセージにもあるように、働く以上は貢献するやりがいを味わってほしいです。
障がいのある方々と一緒に働いていて感じるのは、自己肯定感が大事だということ。限定的な作業でも、周囲から「ありがとう!助かったよ!」「うまくできたね」とポジティブなフィードバックがあると、気持ちも上がってさらに頑張ろうと変わっていきます。仕事で良いサイクルが生まれていくと、プライベートでも前向きになっていけることがよくあるんですね。
できることに注目する。安心して働ける環境を整える。本人の成果に対し、たとえ100点満点の出来ではなくても「ありがとう」「助かったよ」と労いの言葉をかけてあげる。そうすることで状態が良くなっていく方もいらっしゃいますので、グループ会社でもそういった環境をつくっていければと思っています。

【編集後記】取材を通じて感じたのが、障がい者雇用についての福元さんの深い知識と熱い想いです。これまで取材をしてきた企業の障がい者担当の方もみなさん熱量が高い方ばかりでしたが、福元さんの熱量もかなりのものでしたし、次々と新しいアイデアをカタチにしていっている実行力もすごいと感じました。
三菱商事グループ全体で見ると障がい者雇用についてはまだまだ課題があるかもしれませんが、福元さんがいらっしゃることで今後より良い方向へ前進していくのだろうと期待感を抱いた取材となりました。